私は真実を追い求めている ― 2026年10月12日 15時00分50秒

私は真実を追い求めている。 今はユダヤ人の考え出した資本主義について学んでいる。 資本主義とは、ユダヤ教で認められた利子の受け取りが基本として成り立っている。 利子という資本の自動増殖を認めなければ、金貸し業を生業としたユダヤ商人は生き延びられなかったそうだ。 利子を受け取ることで、金貸し業は成り立った。 そして貨幣という資本を想像する権利が利益を生み出す仕組みを考え、信用経済という概念も作り上げた。 貨幣は負債を記録する単位でしかない。 多くの人間は、借りたモノは返す事が当たり前と考える。 貨幣はそれを発行した政府の債務である。 貨幣は政府が債務という形で創造したモノであるが、決して返済などしない。 現金と言われる貨幣は利息を生まない負債だ。 流通している現金は利息が付かない。 然し、貨幣創造(かへいそうぞう)は大半は証券で創造・発行される。 その証券を金融機関で利子付きで販売して利子分の利益を得る。 それが貨幣発行益だ。 (日本銀行の利益の大部分は、銀行券(日本銀行にとっては無利子の負債)の発行と引き換えに保有する有利子の資産(国債、貸出金等)から発生する利息収入で、こうした利益は、通貨発行益と呼ばれます。) 世界中の宗教は利子の概念を否定している。 キリスト教もイスラム教もだ。 佛教では利子という概念は無い時代の宗教なので、当然そうした概念は無い。 ユダヤ教のみが貨幣の自動増殖を許しているのだ。 日銀が説明する利子の起源: 利子の起源 ・種籾(たねもみ)の貸し借り(利子の起源) ※農業の始まりの頃、農民に対し神殿などが蓄えた種籾を貸出し、それを借りた籾の量に三割程度上乗せして神殿に納めた事が利子の始まり。 ※古代バビロニアでは複利にによる利子の計算が行われていた。 上記は明らかに中東の話であり、ユダヤ教の話だ。 つまり、銀行業務などの金融はユダヤ人が考えだし、作り上げた仕組みなのだ。 このユダヤ教の利子の取得を許す教義は、実は外国人のみに適用するべき事で、身内などの者から利子を取得することは厳禁なのだ。 つまり、貨幣の自動増殖を認める利子という概念は、当初から危険を孕らんで居ることを知っていたのだ。 経済規模が小さければ利子による自動増殖も小さい。 然し、規模が大きくなると大変な増殖量になる。 だが、歴史を見てみるとユダヤ商人の破綻した話は聞かない。 だが、国家が滅び、貨幣が造り直されるという事は何度も繰り返している。 つまり、ユダヤ商人は破綻が前提での金貸し業、金融業を行っていた可能性がある。 また、国家の破綻で貨幣の造り直しとは、インフレ(インフレーション)で貨幣が無価値になったので、国家が破綻し、新たな貨幣を造ることでリセットしたとも考えられる。 利子による貨幣の自動増殖は、必ず実体経済との乖離による破綻が待っているのだ。 信用経済と言いながら、増殖した貨幣は実体たるモノやサービスなどの実体との釣り合いが取れなくなると、貨幣尾価値が下落して、経済自体が破綻する。 こうした自体の収集は、別の貨幣を造って、古い貨幣を捨ててしまうしかない。 つまり、古い貨幣での負債を無かったことにして、新しい貨幣での負債を信用経済の対象にするのだ。 古い貨幣は歌詞を担保する創造者が居なくなるので、無価値になる。 そうした経済の本質を私は学んでいるのだ。 資本主義では必ず破綻する。 資本は自動増殖するので、大きな資本が小さな資本を飲み込んで大きくなる。 人間が考えて殖えるのでは無く、利子という概念が自動増殖して貨幣の価値を下げてしまうのだ。 そうならないために、税で貨幣の破壊を行い、貨幣の価値を維持する事を行っている。 然し、それでは破壊する貨幣の量が足りないのだ。 そもそも、増税で貨幣破壊には無理がある。 国庫に貨幣が戻った時点で破壊されなければならないが、何故か税を資産のように扱う考えが一般的なのだ。 貨幣を使うだけの立場の自治体は徴税が資産になる。 然し、貨幣創造(かへいそうぞう)権のある政府の場合、国家予算は常に債務発行によるという事に成るはずだ。 税を財源などとしていることがおかしい。 何故、国家予算の財源が徴税の貨幣なのかが判らない。 こうしたことを学んでいるのだ。

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